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ウォーホールの見た偽ヒューマニティ 1

2007年04月21日 00:18

20世紀の奇才アンディ・ウォーホールはアメリカのモダン文化に魅了されました。60年代のアメリカは人々の生活が豊かになり始め、大衆が商品を消費することで経済も潤うと言う、消費文化でありました。

その消費文化を象徴する物は「商品」そのものです。商品を売り・買い・捨て、そのサイクルを維持継続する為に人々は働きます。また「商品」には広告が付き物で、ストリートや家中どこにでも広告が見られるようになりました。

ひと目で強烈に印象に残る広告のデザイン、購買者はそれによって売る側の思うままに商品を購入します。また、テレビや映画に映る「アイドル」と言う名の商品。それらの送るイメージは商人に巧妙にコントロールされ、見る側(購買者)はあらかじめ商人によって予測された反応を示します。あたかも機械のように、赤いボタンを押したらスピードが上がるとプログラムされたような、画一的な反応。そのようなメカニカルなプロセスが生活の一部になった時代でした。

人々の中に違和感なく溶け込む無機質機械的なプロセスで、人々はあらかじめ決められた人間的な感情を引き出されることにウォーホールは気づきました。そして、そのプロセスは自分を含む世界を支配していることにも。

商品の機械的プロセスが容易に人々に受け入れられる理由は商品のデザインです。全ての商品の持つ冷たく無機質な機械的プロセスはデザインによって覆い隠されます。街中で見るポスターやテレビの広告は感情的で人間味溢れ、人々はその「人間らしさ」さえも販売の機械的プロセスの一部だとは思いません。人々の暮らしの中には偽のヒューマニティが溢れかえっていました。

ウォーホールはキャンベルスープの缶でこの文化を表現しました。キャンベルスープは彼の生活の中に自然に入り込み、彼の毎日のランチとして違和感なく、そこにありました。「無を表す何かを探していた。それがスープ缶だった。」キャンベルスープは彼にとって、アメリカ文化を表現するのには最適だったのです。

*続きは今度にします。と言って続きを書いた事ないですね。すみません。必ず書きますので…。

author: oldgold
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