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アルマンの「集積」は何を表現するか

2009年06月26日 13:09

前回の考察でゴミの蓄積は新しい意味(私の場合は人間そのものの表現だと感じた)を生み出すのではないか、と結論しました。ゴミと言えば生活廃棄物で色や形とりどりで、柔らかい物や硬い物様々です。そういうゴミを集めることと、一種類の物(アルマンの場合、古い人形-Le Village des Damnés-やガスマスク-Gay Gas Mask-など)を集積することは、発せられる新しい意味が少し変わるように思います。

まず古い人形が一つ置かれていた場合、人はどう感じるでしょうか。かわいい、汚い、愛らしい等、人それぞれに感じ方があります。それが、部屋にたくさんの人形が敷き詰められていたとすると圧倒され、怖いと感じる人が多いと思います。ガスマスクも同様に一つあるのと、集まってあるのとでは、人の感じ方は変わります。

アルマンはこう言っています。「一千平方メートルの青は一平方メートルの青よりもっと青だ。だから一千個のピペット試験管は一個のピペット試験管よりもっとピペット試験管だ。」

人が物や他人に接する場合、いつどのような場合でも先入観を持って挑みます。いくら頭で先入観を持たぬように努めたとしても、抗いようの無いものなのだろうと思います。そして、その観念は時に、自分自身の体験からではなく、環境によって自然とインプットされ、まるで先天的な持病のように振舞います。そのような先入観や固定観念を露にするのが「集積」なのだと思います。

先入観や固定観念を壊しにかかろうとしたヌーヴォーレアリストのアルマンは、きっと自分自身の心にもそういう先入観がはびこっていることに気付き、そして全ては気付くことから始まると感じたのではないでしょうか。

集積された物に触れることによって、人は色々考えるチャンスを与えられる。自分自身のことや他人のこと、歴史や社会。アルマンの「アキュミュレーションズ」は、やはり人間そのものを表現しているように思います。
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コメント

  1. oldgold | URL | -

    アートから外れたコメントだとは思いませんよ。何かに気付くことで、感じ方が変わることは、いつも通りの生活が潤うようで、すごくエキサイティングですよね。先入観を持つことを否定はできないですが、思い出したときにゲームのように色々な視点で物を見ると、楽しいと思いますよ。

  2. アート初心者 | URL | -

    これでもかって集積されることで、みえることってあると思います。いつもはみえにくい、あるいは、みえても見えない振りできることが、みえてしまうのでしょうね。先入観で物事をみている自分を否定せずに、あるがままの自分を受け入れたいものです。前回に引き続き、アートそのものからはずれたコメントでスミマセン^^;

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