スポンサーサイト

--年--月--日 --:--

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

読みやすさ重視

2007年02月11日 19:40

PCに詳しくないにもかかわらずブログを始め、今日はブログのデザインを選び、文章の文字の大きさを変えました。時間がかかります。少しは読みやすくなったかな?

もう朝です…。明日はスタジオにこもります。あー明日じゃなくて、すでに日曜日の朝だ…。

author:oldgold

ハプニング-パフォーマンスアート-

2007年02月11日 10:01

パーフォーマンスアートって何?それはアーティストが作り出す最終的な物(芸術作品)は大事じゃない、それよりもその物を作る過程に意味があるって考えのアーティストが新しく考え出した一つのアートの表現方法です。

元々はジャクソン・ポロックの1940年代にはじめたアクションぺインティングが「パフォーマンスアート-過程を見せるアート-」の始まりになると思いますが、1950年代にアラン・カプローが予告なしに街中にタイヤを大量に置いたりして、新しいアートだって言い始めました。街中だから、アートに関心の無い人々も彼のアートの中に巻き込まれます。それが、「ハプニング」のあり方。カプローはアーティストとそれを見る人の隔たりをできるだけ少なくしたかったのです。Art and Life の始まりです。

ハプニングでは数人のアーティストが一つの建物を3つに仕切り、6パートに分れた18のパフォーマンスアート(ハプニング)を見せました。18のハプニングは関係性をもたせた連続の違うパフォーマンスだったり、全く違う他のパフォーマンスと同時に進行したりしました。観客は色んなハプニングに見舞われます。アートの中に生きている状態です。観劇との違いは、巻き込まれ方が半端じゃないってことでしょうか。それに台本も構成もありません。その即興性も見所でした。1950年代から1960年代初めまで幾度かのハプニングはカプローを始め、ロバート・ラウシェンバーグ、ジム・ダイン、レッド・グルームスなどかなり多数の有名なアーティストによって行われました。

体にペイントを塗られる裸の女性がいたり、狂人の様に歩き回るパフォーマンスがあったり、建物を焼こうとしたり、それは今までに見られたアートとはずいぶん違う物でした。

ところで、これってアートなの?うーん・・・やっぱりアートなんでしょうね。見る人に何らかの感情を引き起こさせることを企んだ人が、何かを作り出し、それによって見る人の心を(どういう方向であっても)動かす。その時点でアートなんですね。でもこれもアートと言えるなら、美大などに行ってデッサンをしまくったり、色の勉強をしたり、美術史(アートセオリーとか)を習ったり、必要じゃなくなったのかな?難しい問題だなぁ。でもタイヤを置いたり、建物を燃やすのに、筆の使い方の勉強はいらないしなぁ。それなら、心理学を学ぶ方が必要かもしれない。

みなさんはどう思われますか?

author:oldgold

*追記*
本を読み返すと、アラン・カプローはハプニングの後に、タイヤを積んだアート「ヤード」を行ったようです。順序を逆に書いてしまいました。すみません。

ポップアート ― ウォーホールの言葉

2007年02月10日 19:02

ウォーホールは「機械になりたい」「みんな同じだったら良い」って言いました。この意味をアーティスト数人と語り合いました。

出た案1.機械になりたいってのは、有名になるよりもずっと絵を描き続けてられたらいいのになってことではないか?

出た案2.いや、ウォーホールは有名になりたいって言ってたの、どっかで読んだ。だから機械になりたいってのは、機械みたいに同じ物をいくつも作ることに意味があると思ったんじゃないか?その辺りが「みんな同じだったら良い」って言葉に繋がるんじゃないか?

出た案3.いや、それはミニマリズムだ。それより、アーティストは特別な存在じゃない。機械が何か作るみたいに、アーティストも買う人が欲しがるもの(観客の見たいもの)を作るだけの存在だって意味じゃないか?そこが他の職業(又は機械)と変わらないってことで「みんな同じだったら良い」って言ったんじゃないか?

出た案4.シュルレアリスムとか抽象表現主義が機械に対抗したことに対抗して「機械になりたい」って言ったんじゃないか?

話しても答えは出ないんですが、自分の案は3です。みなさんはどう思いますか?

author:oldgold

アートがテレビみたいに普通に皆が楽しめれば良いのにな

2007年02月10日 15:31

なんでアートって、なにかちょっと一般の生活と隔たりがあるんでしょうかね。アートのことがわかれば、美術館に行くにも楽しくなる…けれど、アートのことがわかっていなくても楽しめれば良いのにな。

この前アーティスト数人と話していました。「アートって軽んじられてるところがあるね」「勉強する意味が無いみたいな感じでね」「勉強したこと無いくせに、簡単だなんて失礼だね」「アートを理解できないくせに、軽んじるなんて、バカ丸出しだな」と言う感じの会話です。意味するところは「アートは高貴な物であり、ただ鑑賞するだけでもそれなりのインテリジェンスはいる」といった感じでしょうかね。

自分は口にできませんでしたが、こういう考えだからアートって馴染み深くならないんじゃないの?と思いました。軽んじられて良いじゃないか。簡単な物だとたくさんの人が思えば、もっとたくさんの人が生活の一部としてアートを捕らえてくれるじゃないか。もっと言えば、アーティストになろうと思う人が増えて、また色んな可能性が広がるじゃないか。

自分は目指せテレビ、と思っています。テレビまで行かなくても、せめて映画くらいにはなって欲しいな。

author:oldgold

始めまして。

2007年02月10日 14:35

自分は現代美術に何の知識も無いくせに、興味だけある自称アーティストです。このブログでは現代美術、特にネオダダに興味のある人々みんなが参加してくれれば良いなと思います。もうこの際、現代美術についてなら何でも良いかとも思っています。

知識のある人はもちろん、知識は無いけれど興味ある人、美術作品を見て何にか感じた人、どんなことでも良いです。書いていただければと思います。

このブログの管理人の一人になりたいと思った方がいればneodada-newrealism@hotmail.comにイーメールをしてください。詳細を送ります。イタズラだけは、どうかやめて下さい。よろしく、お願いします。

管理人としてのルールは
一、いたずらしない
一、誰にでも(美術に携わらない人)にもわかり易い、簡単な文章を心がける
一、批判的な文章も感想や個人の思想なので、喧嘩はしない
一、コメント欄は書き込めるようにするが、コメント欄に書くよりも、自らが管理人の一人になろう

もし参加人数が増えれば、neodada-newrealism@hotmail.comのパスワードも公開し、皆で使えるようにして、管理人全員でこのブログの全部の管理をできるようにしたいです。

author:oldgold


最近の記事


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。